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2012.12.30 Sunday

年中無休な訳 その1

JUGEMテーマ:日記・一般

生物系の研究所(株式会社の研究施設だったが)にいた事がある。
27歳か28歳位の時だ。

短大を3年通い満期除隊ならぬほぼ全部の単位を取った。
学長から特別賞みたいな物をもらった。

修行のつもりで丁稚奉公に行った。
生意気盛りで考えが甘く1年持たなかった。

体力的にも精神的にも追い詰められた気がした。
羽を伸ばしすぎた3年間を悔いても過ぎた時間は還らない。

実家で仕事をしていても浮き草の如し状態。
仲間の2世会が年間スケジュールで勉強会があると言うので藁をも掴む状態で参加した。

その年の夏にアメリカ西海岸SC(ショッピングセンター)視察と言うのがあるらしかった。
日本全土だって行ったことも無い若造が行けるんだろうか。

その時のリーダーの人に聞いてみた。
これからは日本にもSCが全国に林立するので自分の目で見た方が良いとの事。

ならば、と。参加する事に。
翌週の渡米を控え、旅行用品を探しに銀座まで行った。

世界中を仕事で行っていた父親の旅行用品じゃ無いのが欲しかった。
歩行者天国の銀座を歩いていたらK君にバッタリ。

彼は写真映画部の部長で自宅から近い東京藝大の油絵を目指して未だ頑張っていると言う。
こうなりゃ意地で既に4浪を超えていた。

家は上野の近くでアラビア糊の製造をしていた。
50歳代以上の人なら緑色のガラス瓶に海綿のスポンジの付いたアラビア糊をご存知だろう。

そうアレを作っていた。
高校を出てから数年振りに会いヤアヤアと言う事で、交詢社ビルにあったピルゼンに。

ピルゼンではK君が顔のようでマスターがジョッキを持って挨拶に来た。
何も頼んでいないのに2杯のビールとキャベツの酢漬けが出てきた。

ここで飲んだ後、銀座の駅の公衆電話でウチに電話し珍しいヤツに会ったので
連れて行く旨母親に電話した。

何を飲むかと言う事になり当時我が家で流行っていた樽ビールを飲む事に。
大きなアルミ缶の下にコップを置いてビールを注ぐと言うヤツ。

これが意外に美味しくて途中で酒屋さんに追加した位だ。
夜半になり久しぶりだから泊まって行けよと行ったが、「今日は帰るまた飲もう」と言われた。


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