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2012.09.02 Sunday

冠布の思い出

JUGEMテーマ:日記・一般
CALUMETの冠布

大昔に写真屋さんの出張撮影を見ていた。
主に幼稚園での記憶だが季節の祭事では節々に撮影対象は園児だ。

木製のカメラと三脚にマグネシウムの閃光ランプ、それに赤黒の冠布(かんぷ)と言う名前は
大判カメラを始めるまで知らなかった。

ピアノのカバーでも持って来ているのかと子供心に思っていた。
種板(フィルム)は木の板の中に入っていて、毎回撮影の光景を見るのが楽しみだった。

写真屋さんは手馴れた物でカメラにフィルムを装填する前に、それこそ人格等微塵も無い
園児達を園庭に並ばせて瞬時にフィルムを入れ、電光石火の早業でシャッターを開き閃光で
姿を捉えるのであった。

その行為が面白くてわざと動いて見たりしていたが、写真屋さんは手馴れた物で再び撮影を繰り返す。
いつの頃か写真屋さんが覚えていてくれて撮影の前に冠布の中を見せてくれてから、誰よりも良い
見本になるよう微動だにしなくなる。

小学校の低学年位まで木製のカメラでの記念撮影が続いた。
東京オリンピックの頃から営業用の写真屋さんの機材が変わった。

三脚が木から金属になり、カメラも板状のホルダーからブローニーの中判フィルム。
マグネシウム閃光からフラッシュバルブに変わった。

子供心にも面白く無い状況が。
幼稚園に来ていた写真屋さんは昔は何故かベレー帽に白衣だった。

幼稚園ではベレー帽だったので写真屋さんは子供たちに人気者だった。
当時は近隣の写真館のオヤジさんが出張撮影に来ていたのだと思う。

家族写真の撮影に写真館に行ったらいつものオジさんがニコニコしていた記憶が。
この時は白衣を着ていない。
写場の大きな鏡で他所行きの服装をチェック。
大きなアンソニーカメラにいつもの種板で写して貰った。

しばらくして写真を貰いに行ったら店頭に我が家の写真が大きく伸ばされて飾ってあった。
その時の写真の事は今も頭の中に。

この頃は未だ記念撮影はモノクロ。
印画紙も写真館用は特別で写真館の文字がプレスで浮き出ていた。

卒業アルバムも勿論カラーでは無かった。

記念撮影の撮影機材が一眼レフになるのには未だ時間が掛かる時代だ。
でもこの時代の写真は今見てもその時と時代が蘇る。

瞬時にその場の状況が頭に浮かぶのだ。
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