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2014.03.02 Sunday

亡き恩師を悼む

JUGEMテーマ:日記・一般
亡き恩師を悼む。
あなたがいなければ私は此処にいなかったかも知れません。
人生の道しるべを導いてくれた貴方は偉大な方だと今思います。
どうぞ安らかにお眠り下さい。
合掌。
 
2013.12.21 Saturday

柿だカキだかきだ

柿だカキだかきだ!

田舎の散歩道を歩いていると荒れ果てた耕地に柿の木が。

小粒の柿が未だ残っている。


カラスがつついた跡が所々あるが彼らの好みには合わなかったようだ。

青い空に柿があると不思議な感覚に。


以前はここに桑の木があり桑の実を食べた記憶が。

口の周りが真っ赤になって怒られた思い出が。


そんな事が断片的に記憶の奥から浮かび上がって来る。

日帰りながら小旅行は楽しい。



2012.10.07 Sunday

大人の社会科見学

JUGEMテーマ:日記・一般
 
朝の社会見学は着替えるのが面倒なので仕事着で行くことに。
6時頃に寮を出て西陣飯店の前を渡り改築したばかりの丹波屋でモーニング。

それからブルブラ歩きが始まる。
当時住んでいた所はかつて繊維関係が全盛の頃には映画館が10幾つあったそう。

そのひとつは踊り子さんのいる劇場に。
向かいに串揚げ屋道を挟んだ隣は酒屋さん、劇場の裏奥にはスープの美味しい焼肉屋さんが。

長い仕事が終わり一汗流そうと銭湯に。
劇場の隣が銭湯だった関係で、小腹が空いたら焼肉屋さんでモヤシスープ。
在想が豊かだと串揚げと言う塩梅。

ある時串揚げ屋さんの前を通ったら若い女性が手招き、何事かと思ったら「今度来た子ってあんた」
「ようけがんばるんやで」返す言葉で「おおきに」となる。銭湯から出てきたら未だいて「串揚げ食う?」

暇なのか時間帯なのか全然客が来ない仲、色々な話をした。
「自分は北陸の方から流れてきた、ココは半年目位ずうっと西の方へ行くと思う」「回遊魚みたいやな」
「西に行ったら海峡か橋を渡り九州一週やな」「最終的に何処に行くかは判らない」そんな話をしていた。

色々と世間話をマスターと女将さんとサバンナRX7のCMで盛り上がっていた記憶が。
結局なんやかやとご馳走になってしまった。

狭いエリアにも様々な人生劇場がある。
それに気がつくか気がつかないかで人生は大きく変わる。

その時には写真を絶っていたから記憶が鮮明に残るのだろう。
2012.10.06 Saturday

仕事心得

JUGEMテーマ:日記・一般

最初に叩き込まれたのは遅刻や欠勤をしない事。
朝起きには絶対の自信が無かった。

学生時代の不摂生が祟り朝起きは三文の損状態。
かと言って売っている目覚まし時計に頼るのもシャク。

ならば起きるしかない。
早朝の都散策を糧とすれば良いじゃないと我ながら良い考えが浮かぶ。

それは猿知恵とも言う。
JRの宣伝のような「花いらんかねー」と言う人も早朝見かけるが、若い人は皆無。

縁台を担いで売りに来るのも見かけた。
何より驚いたのは近所の市場でカニとか蝦蛄(シャコ)や魚が活魚で売られている事。

そんなのを見るのも楽しい社会科見学でもあった。
 
2012.10.05 Friday

同居人

JUGEMテーマ:日記・一般

修行先の寮の同居人がO君。
中学を卒業して早3年、年は若くとも私の大切な先輩だ。

業界歴0年の入ったばかりのグニャグニュな新人を鍛える事が出来るか使命は重大なようだ。
彼は寮の1Fの生け付きも小さな部屋が住居。

夏になると薮蚊に悩んでいたそうだ。
本来ならもう一人鬼の教官がいるハズなのだけれど、この時はサルコイドスなる病気で
長期入院中。

ともかく張り切り先輩に連れられて仕事がスタートする訳だ。
目覚まし時計の箱を開ける事からスタート。

当時はゼンマイ式、電池式(トランジスタ、ステップクオーツ、クオーツ)電気式が主。
ゼンマイ式は全て時間調整を販売店側で行なって販売していた。
機械式なので当たり外れは当然あるし、組み立て方一つで精度誤差が激しい。
とにかく朝届いた全ての時計を検品する事から一日が始まる。

ゼンマイを20個も巻くと手が痛くなる。その時には電池式や電気式の時計の調子を見たり
箱詰めしたりする。

24時間毎の時差を調べてから時間調整を行うのだが、これが中々難しい。
O社の時計等は緩急真が連動していないのがあったり滅茶苦茶だった。

何か社内的に問題があるのかな?とおもっていたらやはり当時争議があったようだ。
製品にアタるような技術者がいる会社はダメです。

当時S社の1個1万円するクオーツ式の目覚まし時計が最高精度で標準時計として使っていた。
とても人気がある機種で在庫が無くなるとこれも何処かに旅立って行った。

次が来るまで何に頼れば良いんだろう。
2012.10.04 Thursday

修行の身支度

JUGEMテーマ:日記・一般
 
修行受け入れてもらう先に挨拶に。
同行は修行を世話してくれた先輩と、我が両親。

一通りの紹介をしたあとで細かいした。
修行と言うのは云々をひとくさり話された。

会社の裏にあった「寮」を見せてもらう。
2階建ての京の町家を改造したもので、1Fの土間は車庫になっていて。

その2階が充てがわれた住戸だ。
面積こそ18畳程度あるにはあるが天高1.6mが上限、低いところは30センチ程度の
典型的な町家。

畳み部分は6畳で残りは板場にゴザ。
水道洗面トイレは1Fの先輩同居人と共用。

建物の内部を伝って行けるような構造だがネズミの運動場でもあり。良く目があった。
京都と言うよりも異教の地に着いたような感覚だった。

衣料品はほとんど東京から持って来る事にし、寝具はこちらでお願いした。
日曜の細々とした物はこちらで買う事にした。

東京と違い桶やら柄杓が全然形態が違う。
近所にあるマーケットにもいつの間にか足が向くようになる。

修行1日目の来客は布団屋さんだった。
この店に修行が来るのが数年ぶりで町自体に新しい新人が来る事が珍しいらしく、
町内の回覧板に回ったらしい。

この日常とはかけ離れた世界が修行のスタートだった。


2009.04.02 Thursday

後継者求む

JUGEMテーマ:日記・一般


アマゾン河の奥地マナウスの先から人づてにその老人はやって来た。
祖父が存命だった頃だからかれこれ40年位前の事だ。

10日間ぐらい帝国ホテルに滞在していて何度か東京案内をした。
浅草や銀座にも何度か行った。

聞けば胡椒の王様と呼ばれる日系人では一番の出世頭との事。
自分の農場に双発飛行機用の滑走路、教会、学校、郵便局もあるそうで写真を見せてくれた。

帰国の前日になって今回の一時帰国の目的は、後継者を探す旅との事。
商家の後継者と目されていた自分は行きたかったがそう言うワケには行かない。

行っていたらどうなっていたのだろうか?
今でも時折その時の光景が出てくる。

エイプリールフールだからと言う訳では無いがふとそんな記憶の断片が出て来た。




2008.07.06 Sunday

イエロー・ペイジ・オブ・東京

JUGEMテーマ:アート・デザイン


かつて編集に携わったイエロー・ペイジ・オブ・東京

最近古本屋でも見かけなくなった。

ウチにも何処かにある筈なのだが何処だろうか?

1977年4月にブロンズ社より刊行されました。

イエロー・ペイジ・オブ・東京〈no.1〉―東京を楽しく使うためのテレフォン・カタログ
2007.01.06 Saturday

色白美人


ハスキーとの30年ぶりの再会から一夜開けた。
今使っている最近のハスキーと比べても、30年の歳月を感じさせない色白美人だと
思う。
残念ながらオリジナルの赤のストラップは無くなっているので、何らかのストラップは
付けないと持ち運びが不便。
今のハスキーのナイロンショルダーベルトは、細くて滑り易いのでもう少しマシなのを
探して来よう。
今日は生憎の天候なので、8×10のフィルムホルダーにフィルム詰めをしてから、
買物に行こう。



色白美人は足もキレイでしょ?
ハスキーと言えばやっぱりこのジュラルミンのヘアライン仕上げです。
航空機用のジュラルミンをふんだんに使っています。
雲台は金属の鋳造で鋳造の型に砂を使っていた、凸凹な跡が時代を感じさせる。
この時代のハスキーはこの凹凸がみんな違いました。
型に流した金属の固まりをヤスリで仕上てから切ったり、孔を開けたりして
造った跡が垣間見られます。塗装の厚みも今とは雲泥の差。
グリップのゴムも良い材料を使っているので、数十年使っていても痛みが少ない。
今使っているハスキーを買いに行った時にはとってもガッカリしました。
だって美しく無いのですから。




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